弓田亨商店

日本のパティスィエは チョコレートの味なんか分からない

何故フランスで食べるチョコレートはおいしいのに、日本ではおいしくないのか?

パティスリーを開店してから、次第にチョコレートを使ったお菓子の数も増え、輸入されるものの中で自分なりにおいしいと思えるチョコレートを使っているつもりでした。しかし店に余裕が出来始め、再びフランスへ行くようになった時、フランスで食べるチョコレートのお菓子は味わいが鮮明で個性的な力にあふれ、とても深い香りと味わいがありました。改めて同じメーカーであっても、日本に輸出されているものはそのほとんどが日本向けの手抜きの劣悪な品質であることに気付き、何とかフランスで供給されているものと同じ品質のチョコレートを日本にもたらすことが出来ないだろうか、と考えました。

ある時、ドゥニさんが「パリ近郊に小さいが個性的なショコラトゥリーがある」と教えてくれました。そして社長のドゥルシェ氏と会い、チョコレートをはじめ、いくつかのプラリネ、ココアなどを味見しました。特にプラリネ類のおいしさは驚くべきものでした。しかし実際にお菓子に使ってみないことには、その個性、味わいの機微は分かりません。恥ずかしいことですが実は私は未だこの時、チョコレートの味わいを十分には理解していませんでした。確かに当時は他に輸入されているものよりはうまいようだ。そんな程度の理解しかありませんでした。

私はドゥルシェ氏に「このチョコレートと同じ品質のものを、間違いなく私たちにも届けられますか?」と聞きました。彼はこう答えました。
「私は自分の作るチョコレートに誇りをもっている。自分の手で、自分が作るチョコレートの品質を落とすことなど、どんなことがあっても出来ないし、あり得ない」

その言葉に私は安心を覚えました。ペック社のチョコレートが私の店に届き始めました。半月ほど毎日、チョコレートを他のメーカーのものと比較しながら食べ続けました。そして少しずつ、味わいの微妙な表情が分かり始めてきました。そして実際に何度もお菓子を作りました。
一ヵ月ほどの後に、私は自分がとんでもなく幸運な男だと確信をもつようになりました。どのチョコレートをとっても香り、舌ざわり、口溶け、味わいに少しも切れ目がなく力を持った味わいが感覚に迫るのです。ペック社は年産1000トンの小さな工場です。正に個性豊かな力をもったカカオ豆が集められていると思いました。少ない生産量だからこそ、良いカカオ豆を密度高く使えるのです。そして何よりドゥルシェ氏のチョコレートへの想いが熱く伝わってくる、極めて理知的な、私の心を揺さぶる味わいでした。私はペック社のチョコレートと出会い、ドゥルシェ氏との交わりの中で、チョコレートの味わい、素材としての役割を深く理解してきました。

芯のある鋭さそのままの香りをもった“スーパー・ゲアキル”、上品な深い慎ましさをたたえた“アメール・オール”、両の頬がうれしくゆるむ優しいおいしさの“ラクテ・エクストラ”、例えようのない懐かしさに満ちた慈愛をたたえる “ショコラ・イボワール”…。さらに、それらのチョコレートで作ったお菓子は私に、あまりにも大きな驚きを与えました。それまでのお菓子がまったく異なる表情に変わってしまったのです。すごい力があるのです。香りが、味わいが、凛としていて、私の舌の上に、鼻孔で開くのです。

それは、すべてのチョコレートのお菓子に、新たに命を与える味わいでした。ここから私のチョコレートのお菓子は一点の曇りもない味わいとなりました。皆さんは自分の感覚でチョコレートの味わいを理解することが出来ますか。もしヴァローナのチョコレートが一番よいチョコレートと考えているならそれは、「私はチョコレート味音痴です」と自ら言っているようなものです。

ヴァローナ社のチョコレートは少しもおいしくありません。

クラシックなガトー・ショコラなどチョコレートのお菓子を作り、ペック社のものと比べてみてください。あまりの味わいの違いにがくぜんとするでしょう。それが真実なのです。有名なフランス人ショコラティエや日本のシェフがよいと言っているからでは情けない。
実は彼らもそんなにチョコレートの味は分かっていません。何故ならヴァローナ社のチョコレートが一番旨いと思っているのですから。

ペック社のチョコレートの品質が秀でている理由

通常の商品は異なる産地のカカオ豆を3種類ほどブレンドして作り上げます。これには二つの理由があります。一つは単一の産地の豆だけでは香り、食感、味ともに十分力を持った味わいにするのはなかなか難しいことです。香りのしっかりしたものに味わいのしっかりしたものをブレンドすれば、全体に力のある味わいが生まれます。

もう一つ、カカオ豆は農産物であり、特に気候などによって毎年味わいにブレが生じます。そのため異なる産地のものをブレンドして味わい、品質を安定させるのです。一つの産地のものが天候が悪く、豆の品質がよくなかったとしても、他の二つの産地のものが例年通りの品質であれば、大きなブレを防ぐことが出来ます。

ペック社ではこのブレンドをするのは前社長のドゥルシェさんです。彼はソルボンヌ大学出のインテリなのですが、とても理知的な感受性の持ち主で、それを食べる人の心を打つ味わいを作りだします。本当に凄いと思いますし、同じ職人として彼の仕事への真摯な態度をいつも尊敬してきました。彼が選んだとても個性的なカカオ豆と、彼のセンスによって作り上げられるチョコレートは、世界で一番おいしいと私は確信します。

  • クーベルチュールはカカオバターが約35%と多く、上がけしやすいように、よりサラサラとしています。
  • ガナッシュ用はカカオバターが25%強と少なく、カカオの味わいがよりしっかりしたチョコレートです。
    (スイートチョコレート)カカオ豆+カカオバター+砂糖+バニラ棒でつくられます。
    (ミルクチョコレート)スイートチョコレート+全脂粉乳でつくられます。
    (ホワイトチョコレート)カカオ豆から絞り出したカカオバター+全脂粉乳+砂糖で練り上げられます。

チョコレート菓子を作るのにはココアの質も重要

チョコレートのお菓子を作る時にはチョコレートと同時にココアも特に大事です。深い力のある五感に浸みこむ長い香りを持ったものでなければなりません。そして色合いは深く、芯のあるものでなければなりません。また保存方法がとても大事です。ペック社のものは、私のココアに対するイメージを完全に満たしてくれます。

心と身体を包み込む深く長い香りはしっかりと守られています。ビスキュイ、ジェノワーズ、ババロアなどに加工される過程でも芯のある味わいは埋没せず、印象的でおいしいパートゥやクレームを作り出します。これを使えばもう他のココアは使えません。
ココアは粒子が極めて細かく、表面積がとても広いため短時間で酸化され、色は白っちゃけてしまい、香り、味わいは失われていきます。製造後の包装管理がとても大事です。

チョコレートだけじゃない。比類なき完成度の高さのプラリネ

チョコレートだけではありません。先代社長ドゥルシェ氏の自分の仕事に対する誇りと思い入れを強く感じる物の一つにプラリネがあります。これはお菓子の素材としての完成度の高さと比類なきおいしさにいつもただただ感服するばかりです。

※粗挽きと細挽き
未だ日本人パティスィエの多くは舌に粒々を感じない細挽きがおいしいと考えていますが、そうではありません。粗挽きの方が、粒々の楽しい歯ざわりが感じられ、そしてアーモンド・キャラメルが混ざりすぎていないために味わいもより立体的になります。私はほぼ100%粗挽きを使います。これはヘーゼルナッツの場合も同じです。

ペック社 パリ

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